2017年11月

学生時代は母や祖母が握ってくれたおにぎりを何の気なしに食べていましたが、親元を離れて暮らす今となってはなんと美味しいものだったかと気づかされます。

例えばですが、友達の家に遊びに行って友達のお母さんがお昼におにぎりを握ってくれたらどうしますか?

今、こうしたおにぎりを食べるのに抵抗がある人が多いようです。
私はあまり気にすることはありませんが、衛生面などを気にする人には抵抗があってもおかしくはないでしょう。しかし、衛生面だけの問題だけではないようにも感じます。

このことに抵抗を持つ人は外食ではあまり気にならないようです。
もちろん飲食店は衛生面に注意していますが、それを抜きにしても他人が触った食べ物を口に入れるという事実は同じです。


私は作った人間をどの程度認知しているかということが要因だと考えます。

友人の母親などの家族のような第三者は友人を通して間接的に知ることになります。
親しい友人であれば家族の話題をすることもあるでしょう。

例えば、そんな話題の中で「家の母親は家に虫が出たら手で虫を潰す」などの話を耳にしたら、やはりその人の料理を食べる際に思い出すことになります。
もちろんしっかり手を洗っているでしょうが、なんともいえない拒否感が現れてきます。

飲食店だとどうでしょう。私達は店員一人ひとりの人となりを知ることはありませんし、知ることは出来ません。それどころか店員の名前すら覚えている人はほとんどいないでしょう。
(高級料理店や個人のお店は除いた一般的な飲食店という仮定です)

私達にとって飲食店の店員は個別に認識する存在ではないからです。
わかりやすい言葉で言うのならば、「モブキャラクター」であるからです。

そういった役割を与えられ、また個人として区別されない存在は私達にとってそれ以上でもそれ以下でもないため、そこまでの考えに至りません。

同じような作り方であっても友人の母親が握ったおにぎりのはほうに抵抗を感じるのはこういったことからだと推測します。

これは個人、個人が異なった感じ方なので結論が少しふわふわしていますが、ざっくりこういうものではないかと私は思います。


日本の人口と出生率は年々低下しそれに伴って労働人口も現象大きな問題であり、これからは男性、女性に関わらず実力や成果に見合った労働環境を整えていくことが必要です。


そういった議論が行われている中、このようなニュースが飛び込んできました。


私は先にも書いたように子育てをしながらの労働推進については大いに賛成です。
女性が結婚や出産を機に仕事を辞めてしまう現状は社会的に大きな機会損失となりうるからです。

しかし、事実として議会への関係者以外立ち入り禁止や子どもを議会に連れていくことの相談がなかったというのはいかがなものでしょうか。

もちろん問題提起という意味ではインパクトのある出来事になったことは確かです。
しかし、市議会議員という立場を考えれば、議論でこういった制度を整えるようにしていくことが大事なのではないでしょうか。
結果、議会は40分も遅れる事態となっています。


社会や制度を変えていくのには多くの人からの批判を浴びることもあるでしょうが、やはり常識から逸脱した行為を認められません。

私が危惧しているのは本当にこういった社会を望んでいる女性たちが皆、このような過激な行動をするのではないかと思われることです。
社会への問題提起は立派なものですが、同じ立場の多くの人間の肩身が狭い思いをさせるようなことは慎むべきだと思います。

女性が本当に活躍できる社会を作るためには制度ももちろんですが、私達の凝り固まった考えを改めていかなければいけない事実も忘れてはいけません。

ハンターハンターや幽遊白書で知られている漫画家ですが度々、体調不良の療養のため長期休載が発表されます。

長期休載が発表されると多くのファンが早い復帰を待ち望み、作品の続きを今か今かと待っています。私もそのなかの1人です。

人気作品を数多く生みだし、大御所漫画でもある彼が休載しても作品を発表できる機会を逃すことがないのは分かりますが、なぜこんなにも出版社から見放されることがないのでしょうか。


どれには新しい漫画家の成長が見込まれていないからと考えられます。

ここ数年、出版不況が取りざたされ、雑誌や書籍は大きく売り上げを下げています。現況として人気雑誌として一世を風靡したようなものでさえ休刊や廃刊に追い込まれています。

これは漫画でも同じことが起きています。とにかく売り上げを上げなげれば、会社どころか業界のこの先まで危うい今、新しい漫画家の発掘やじっくりと腰を据えた育成を行えないのです。

そういう場合、手っ取り早いのは既に売れている漫画家の新連載を始めたり、人気作品の展開を先延ばしにし、まるで延命治療のように食いつないでいくのです。

もちろん人気漫画家がいつもヒット作品を創り出せるとは限りませんし、有終の美を飾ろうとする作品が無理やり先の展開を取って付けたように伸ばしはじめれば自然と読者は減っていくに違いありません。

しかし、目先の利益にばかり目を取られ、そういった悪手から逃れられずにいるのです。


苦しい今の環境にこそ、若手をじっくりと育てる環境が必要だと私は思います。
早くに芽が出ることばかりがいいわけではありません。いずれ芽が出て、大きな木になればいいのではないでしょうか。逆に5年、10年を待てないのであれば長い先の未来は見えてはこないでしょう。

これからの漫画業界を引っ張る若手の台頭と冨樫先生の復活を待つばかりです。

ベッキー、ゲスの極み乙女の川谷絵音の不倫騒動から芸能界の不倫騒動はワイドショーを賑わせています。

芸能界において芸の肥やしなどとも言われた不倫がここまで騒がれるようになったのはどうしてでしょうか。


私達は「不倫」という行為を倫理的問題としてタブー視しています。倫理を守ることは人間と動物とを分ける大きな要素だからです。

食べたいときに食べ、眠い時に眠り、性欲を誰かれ構わず発散する。
これは動物的本能であり、理性で抑えきれない時は誰にでもあります。

しかし、多くの人はそれを強い理性で抑えています。
そんな状況下でテレビで活躍している芸能人が不倫をしていたことをテレビで知る。

そんな報道を見た人々は嫌悪感と共に羨望の眼差しも向けているのです。
「自分は我慢しているのにあのタレントは自分自身の欲望のままに生きている」と。

また、スマートフォンの普及とSNSの発達による情報の拡散と不倫相手・第三者からなどの情報公開からますますヒートアップしていきます。

もともと燃え上がっていた火にどんどんと燃料が投下され炎上していくのです。


不倫報道によってこんなにも不倫への風当たりが強くなっていくのに映画やドラマでは不倫を題材にしたものが人気を呼んでいます。
本来であれば矛盾している事象ですが、このことも不倫への渇望からこういったことが起こっていると考えられるでしょう。

不倫を擁護したり、推奨するわけではありませんが結果的に世に言う不倫という形になることも多々あると思います。

そこにはしっかりとしたけじめをつければ問題ないと思うのが個人的意見です。


芸能人たちは社会的制裁を十分に与えられています。
まるでオーバーキルのような報道や盛り上がりはいささか疑問です。

最終的には不倫に関わっている人間たちがこの不貞行為に関してどう決着をつけるのか大事であることを忘れてはいけません。

第三者がああだこうだと口出しを必要以上にするべきではありません。

地上波放送され、再び注目されている「シン・ゴジラ」

不定期にですが「シン・ゴジラ」については複数回取り上げていきたいと思います。

今回は庵野秀明にとって「シン・ゴジラ」はどのような立場の作品なのかを考えていきたいと思います。

オタク・アンノ
庵野秀明という人物はかなりのオタク気質で、サブカルチャーの申し子と言うのにぴったりです。
彼がヒット作品を生みだすのには膨大なインプットがあるためだと考えられます。

ゴジラシリーズは特撮の元祖と言われる作品シリーズであります。
オタクである彼がゴジラシリーズの監督を行うということは必ず偉大な前作品に尊敬の念を抱き、オマージュが行われます。

それはパクリというものではありません。尊敬の念が込められ、また自分自身の知識と経験を詰め込んだものは新しい形として作品になっていくのです。

ゴジラというフォーマットからアンノという風味を加えたヒット作品を生みだしたのです。


シン・ゴジラはリフレッシュ?
彼はヒット作品を生みだしますが、賛否両論が巻き起こることもしばしばです。

新世紀エヴァンゲリオンではアニメ版では難解な最終回から非難を浴びることになります。
その後、劇場版(いわゆる旧劇)を製作しますが圧倒的な鬱展開に再び非難を浴びます。

そして現在も制作中の新劇場版の作成に漕ぎ出しました。
序・破・急の三部作での予定でしたが、四部作への変更や難解なストーリー、相次ぐ製作延期で庵野自身、再び非難に晒される事態となりました。

彼はここでエヴァンゲリオンを製作する気力が完全に失くなってしまったと考えられます。

そんな失意の中で持ちかけられたのが「シン・ゴジラ」だったのです。
彼にとってオリジナルストーリーでなくシリーズものの最新作、それがゴジラであるならばオタクとしてまた監督として意欲が湧いてきたに違いないでしょう。

ここで再びヒット作品を生みだせば彼の自身にも繋がるものになることは間違いありませんでした。

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