カテゴリ: 芸能

やはりこの話題で真っ先に浮かぶのは芥川賞も受賞したピース又吉直樹の「火花」でしょう。

芸能人が小説を書くというのは珍しいことではなかったことですが、やはり文学賞を取ることは栄誉なことであります。

私が最近、読んだものだとオードリー若林の「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」はとても良い作品でした。小説ではなくキューバを舞台とした旅エッセイなのですが、若林の考えていることや感じていることがよくわかる作品でした。終盤では感動的なものもあり涙がでそうにもなりました。

先にあげた2人は読書芸人としても知られているので作品を出すことに違和感はないでしょう。

私の考えとしては芸人が作る漫才やコントのネタの作り方はおおまかに言ってしまえば、小説などの文芸作品にかなり近いと感じています。

ネタは口で語るショートショートストーリーであるため、あるひとつのテーマから笑いを生みだしていく。もしかしたら笑いを生みださなければいけないという意味ではネタ作りのほうが難しいのかもしれません。

芸人は常に観客からのレスポンスを肌で直に感じています。ウケていれば笑いが起こるし、すべっていれば会場は冷ややかになります。この感覚は表現者にとってとても大事なものです。

特に笑いは人の感情のなかでも本当に面白いと思わなければ湧いてこない感情です。
本当に面白いものを作らなければいけないというプレッシャーを感じ、ネタを磨く。

もちろんセンスが問われる部分もありますが、ここまでにシビアな世界に生きる芸人は常に表現と向き合っています。


これらの表現(笑い)への貪欲な渇望と絶えずつきまとうプレッシャーは文芸作品のなかで光っていくのでないかと思います。

小説家に限らず、物書きという仕事は自分自身は名乗ってしまえば職業になります。
(売れている、売れていないに関わらず)
これは芸人も同じことです。似たような境遇の2つの職業がより密着度が高いため、親和性も高いのも要因ではないでしょうか。


映画やドラマなどで本当によく聞かれる「実写化」

熱狂的なファンがついている作品では、批判が殺到することもしばしば。
私自身もここ最近の実写化ではジョジョの奇妙な冒険や鋼の錬金術師などは正直、がっかりしてしまいました。

私は実写化そのものに否定的ではありません。実写化でも成功した例はあります。
例として挙げれば、デスノート・のだめカンタービレ・るろうに剣心など数多くあります。
(個人的にはアイアムアヒーロー・探偵はバーにいる・ヒメアノール・ヒミズ)

これら成功作品はどんな共通点があるでしょうか。
大きな点としてはやはり日本人の役者が演じるキャラクターとして無理がないことが重要です。

私が見る前から失敗だなと思うのはやはりSFものであったり、登場人物たちが外国人であったり髪の色が変わっていたりすることや体格が日本人離れしている原作であることが非常に多いです。

漫画やアニメではやはり本来の人間からかけ離れている作品は多いです。
そういった作品を実写にすると、どうしてもコスプレ感が滲み出してきてしまいます。

特に邦画はハリウッドに比べれば製作費は少ないため、完成度は低くなりがちです。

前にあげた成功作品は比較的、日本を舞台に登場人物は日本人であることに当てはまっています。
当たり前ですがこれらは再現する際に無理なCGやキャラメイクをすることがないからです。


実写化が嫌われる理由がもう一つあります。
物語を無理に上映時間や1クールで収めようとする点です。

壮大な原作を2時間の映画や1クールのドラマではとうてい零れてしまうのに無理やりに詰め込んだり、省いたりすることで原作の良さを殺してしまうことがよく見られます。

また、オリジナルストーリーと題していかにも原作のフォーマットだけを借り、脚本家の別作品になってしまうこともあります。

個人的意見としてはオリジナルストーリーでも、きちんと原作をリスペクトし時間や予算を考えたストーリーであれば私は構わないと思います。
もちろん原作に沿うのも大事ですが、下手に原作をなぞって失敗するならしっかりと練ったオリジナルのほうが安心できます。

実写化も無理のないものであればこれからも増えて構いませんが、いかにも低レベルな作品を連発するような状況が続くのはよろしくない事態です。

1から脚本を練った作品が少なくなっている今、売れている原作ばかりに頼った作品作りは見直されるべきだと思います。

先に述べておきますが、私はマツコ・デラックスのファンであります。

最初はまたオカマ・ゲイ系のタレントが出てきたもんだ程度にしか思いませんでしたが、彼女(私は尊敬の念をこめてそう呼びたいと思います)はあっという間にテレビ業界を牽引する人物となっていました。

セクシャルマイノリティのタレントは数多くいますが、ここまでの出世頭はいないのではないでしょうか。

これが20年前というと同じことは言えないと感じます。
日本はまだまだセクシャルマイノリティに対して寛容とは言えませんが、公にいわゆるカミングアウト(私はあまりこの表現は好きではありませんが)することができるようになっていることの多くの人々の感覚が変容してきていることがマツコ・デラックスの人気に少なからず影響を及ぼしていると思います。

ここ最近ですが「みなさんのおかげでした」で石橋貴明が演じるキャラクター、保毛尾田保毛男に批判が殺到しました。私はその当時のコントをまだ生まれてもいないので見たことはありませんが当時、お茶の間ではそのコントをみて面白おかしく見ていたことは間違いないのではないでしょうか。

時代は変わり、批判の対象となりうるところまで感覚は変わっているのです。


話を戻しましょう。
どうしてマツコ・デラックスがここまで活躍できるのか。

一つ目として、あのルックスと体型です。
日本人からは並外れた大きな体、そしてどこかエキゾチックさを感じさせる顔立ち。
私達は自然とミッキーマウスやキティちゃんのようなマスコットキャラクターのような一種の現実離れした偶像のように錯覚している様に感じます。
どんな人でも嫌悪感を抱きにくい人物であることは間違いありません。

二つ目は男性と女性の目線をフラットに持っているということです。
マツコ・デラックスは体は男、心は女といった人物です。
(彼女自身が自らを女装家と名乗っていることからも分かります)
彼女は本当に女性になろうとしているわけではないという点が重要です。
(ここは憶測なので確証はもてませんが、普段はジャージで外出しているという点からもそう考えられます)
そういったところから、彼女自身は男と女の二つの感覚を受け入れているのです。

そこにはどういったメリットがあるか。それは毒を吐いた時に嫌悪感や否定感が薄まるといった点です。異性に言われたらついカッとなってしまうことをマツコに言われても「確かに」と腑に落ちることはないでしょうか。
それは彼女がその感覚を持ってして感じたことをそのまま口に出しているからなのです。
「男に(または女に)この感覚が分かるもんか」という部分が取り除かれることで耳が痛いこともすんなりと受け入れてしまうという不思議な気持ちになるのです。

三つ目は一般人の感覚を持ち合わせているといったところです。
彼女は様々な番組で彼女は良いものには良いといいますし、悪いものにはきちんと悪いと言います。テレビは悪い事実はなかったことにしようとするか、別の良い点を無理やり持ってこようとする体質があります。
彼女はその体質を良しとせず、しっかりと自分が思ったことを言うのです。
彼女が美味しいといったものが売り切れ続出になるのはそういった部分が好ましく映っているのです。

私達が求めているのは美しく飾られた虚飾のレビューではなく、一人の人間の素直な感想なのです。


マツコ・デラックスが人気に成り得た理由はこういった点だと私は考えます。

体調を崩し、入院していたことも大きなニュースになりました。私も心配の念とともにマツコ・デラックスが芸能界の重要な人物となっているのを肌で感じました。

これからも一ファンとして活躍を期待しております。

バラエティー番組に関わらず、多くのお笑い芸人がテレビに出演しています。

現在ではお笑い芸人のステータスは上がり、子どもが将来なりたい職業にも選ばれるようです。


そんな芸人界は飽和状態。
いまだBIG3と呼ばれる大御所芸人は第一線で活躍し、中堅層は30~50代と異常な層の厚さとなっています。一般企業では課長・部長クラスでもおかしくないキャリアを持っていても、体を張らなければテレビに出られない芸人が少なからず存在します。(リアクション芸人のようなカテゴリは別ですが)

どんなに面白い芸を持っていても、まずそれを表で発表する機会が少ないのも事実です。
よって、若手は伸び悩みを見せ、業界から去ってしまうか、舞台や営業で細々とやっていくほかありません。

現在、テレビ番組に出られる若手の芸人はやはり芸というよりもキャラクターやインパクトというものが重要視されているように感じます。もちろん一目見て面白いと感じてもらう方が制作側も楽であるともに視聴者もライトな感覚で笑うことが出来ます。

その弊害として、飽きられたらすぐに輝かしいテレビの舞台から排除されていくという状況です。
食べ物も毎日ステーキのような食事を続けていれば、飽きがきてたまにはそばやうどんだって食べたくなります。必ずしもカロリーの高いものや濃い味のものばかりが美味しいわけではないことは皆さんも理解できるでしょう。

もちろんテレビ業界が視聴率が大きく下がり、多くの規制の中で苦戦していることを鑑みてもしょうがないのかもしれませんが、子どもの頃からテレビと共に育ったテレビっ子の私にとってとても寂しいものです。

ゴールデン番組も名前や出演者が違うだけで大まかな内容やコンセプト、企画はほぼ同じようなものばかりです。(もちろん規制ギリギリの中、きわどく挑戦している番組もあります)

そんな中で、芸人はどうしていけばよいのでしょうか。
美味しいものを食べて大袈裟なリアクションをとったりすることが芸人としての立ち位置として正しいのでしょうか。

私はそのような番組を批判しているのでなく、そういった番組ばかりの業界に疑問があるだけです。
もちろんある程度の需要があるからだとは思いますが、どの局も同じ時間帯に同じような番組をしたって意味がありません。

こんなテレビ不況と言われているこの時代こそ、尖った番組を作らなければいけないのではないのでしょうか。
制作費が減り、様々な制約の中でできるだけ企画を尖らせ、一部のコアなファンが好むようなコンテンツ作りが必要なのではないでしょうか。

もうメディアが全体ウケを狙ったコンテンツ作りは終わらせるべきです。

「嫌なら見るな」

これこそがテレビ業界の驕りが詰まった一言。もうそんなことは言ってられない。


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